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ハワイアンミュージックでリラックス!ハワイの音楽を解説!

ハワイは1898年にアメリカの領土となりましたが、それまでは独立した国家でした。日本とアメリカの中心あたりに位置し、ポリネシア文化を掛け合わせた独自の文化が育ち、日本とも縁が深い国です。ここではハワイアンミュージックを中心に、ハワイの伝統文化を紹介します。フラダンスについてはこちらの記事(←「こちらの記事」の文字部分に別の記事のリンクを貼っていただくといいと思います)で詳しく解説しています。

ハワイアンミュージックとは?知っておきたい3つのポイント

1.ハワイの音楽が意味するもの

ハワイの音楽は、島に流れるゆったりとした空気と時間がそのまま音になったような印象も受けます。昔から伝わり愛されてきた音楽は、非常に宗教の色を濃く残しています。ハワイには多くの神話が残されていますが(←「ハワイには多くの神話が残されていますが」の文字部分に別の記事のリンクを貼っていただくといいと思います)神話が残されているだけでなく、今もハワイに暮らす人たちは神話の神を信じています。ハワイの音楽も、神に捧げる音楽、島を鎮めるための音楽が数多くあります。
ハワイの音楽はポリネシア文化全体に大きな影響を与えただけでなく、ハワイの音楽もまた、同じポリネシア文化を持つタヒチアンやサモアの文化からの影響も受け、そしてアメリカだけでなく諸外国の影響も受け育っていきました。

2.ハワイに伝統的に伝わる民俗音楽

2種類あります。詠唱のための音楽「メレ・オリ」と、踊りのための音楽「メレ・フラ」です。知名度の高い“フラダンス”の際に使われる音楽は、踊りのための音楽です。詠唱(歌)のための音楽は、ハワイ語で歌われます。
伴奏のための楽器には、ひょうたん型の打楽器やサメの皮を張った太鼓、ホラ貝や竹製の笛も使われました。ハワイの美しさと豊かさを讃え、家系を記録し、王や神の偉業を物語るための神聖な手段として詠唱や踊りに音楽が使われたのです。

ハワイの音楽の歴史

ハワイ独特の音楽が生まれたきっかけは1820年にハワイ島に上陸した宣教師たちがきっかけです。宣教師たちが歌う賛美歌に、ハワイの先住民たちは強い興味を示しました。しかし先住民たちはハワイ語を話します。宣教師たちが歌う賛美歌を歌うためには、ハワイ音楽の音階とは全く違ったためになかなか歌えませんでした。
しかし宣教師たちは夜間の賛美歌教室を開き、熱心に教えました。熱心な生徒たちは西洋の音楽の音階と、メレ・オリのリズムでの詠唱で聖書を学んでいきました。ハワイにそれまであっためれのリズムと賛美歌のハーモニーが融合したここに、ハワイアンミュージックのルーツがあると言われています。

ハワイ語とは?初心者が理解したい2つのポイント

1.ハワイ語の記号と発音

ハワイの音楽を聴くならば知っておきたいのが、その歌詞で歌われる特徴的なハワイ語。もちろん英語のハワイアンミュージックもありますが、その昔から伝わるハワイ固有の音楽はハワイ語の歌詞で唄われてきました。
この言語は英語とも日本語とも全く違っているため、解説し始めるときりがありません。しかしハワイの伝統的な音楽はハワイ語で歌われてきたのだと知っておくだけで、ハワイアンミュージックの聞こえ方がなんだか変わってきませんか?そうなっていただきたいので、解説します。
例えばハワイ州のハワイを英語で書くとHawaiiですが、これをハワイ語で書くとHawaiʻiです。ハワイ州の首都ホノルルがあるオアフ島を英語で書くとOahuですが、これをハワイ語で書くとOʻahuです。ハワイ語の時は発音も独特で、Hawaiʻiは、「ハワイーイ」というような発音になります。ちなみにこの記号「ʻ」は、オキナという記号です。ハワイ語は日本語の方言のように、表記も発音も独特です。

2.「アロハ」ってどういう意味?

「アロハ」という言葉があります。直接的にハワイの音楽に根深い言葉ではありませんが、解説しますね。
ハワイでは、シャカと呼ばれる手を握ったポーズをして、「アロハ〜」なんて写真を撮る観光客も多く見かけます。アロハには多くの意味があり、厳密な翻訳はできません。「アロ」は「〜の前で」、「ハ」は神や生命の息吹を意味した、神様からの贈り物という意味があります。ピラヒ・パキというハワイで有名な人物がいるのですが、この人はアロハには1文字ずつ意味があるとも説いています。
この様々な意味・発音・ルール・ルーツを持つハワイ語、ハワイ州でも話す人はかなり少なくなっています。フラダンスの音楽、踊りのための音楽が演奏され、世界での影響力や知名度を高めています。一方で、ハワイに伝統的に伝わる詠唱(歌)やその歌詞は、ハワイから消え去りつつあるハワイ語を後世に残すための貴重なものであり、これから消えることのないよう、語り継がなければいけない文化の一つであると言えます。

ハワイアンミュージックといえばこの人たち!重要な人物を5名紹介

1.リリウオカラニ女王

ハワイ最後の女王としてだけでなく、彼女の残した功績も有名ですが、彼女自身が音楽を愛し、ミュージシャン・作曲家としても活動していたのです。日本語で「アロハ・オエ」と表記されるこの曲は、彼女が残した最も有名な歌です。

2.デイヴィッド・カラカウア王

彼の姉妹にリリウオカラニ女王がいるのですが、このデイヴィッド・カラカウア王も音楽を愛した王族の一人でした。ウクレレを愛し、キカキラというスチールギターも彼の時代に生み出されました。

3.ロレンツォ・ライアンズ

ハワイ島のワイメアにある、イミオラ協会の宣教師でした。「ハワイ・アロハ」の作曲者で、この曲はハワイアンミュージックでも有名な歌の一つです。
彼が1830年代にゴスペルを紹介し、ハワイで瞬く間に人気となりました。ゴスペルのメロディーは耳馴染みがいいだけでなく、ゴスペルに素直で気取らない気持ちを描くさまは、ハワイの先住民たちが考える神と人間の関係や神への感謝・恩恵への考え方とよく似ていました。

4.ギャビー・パヒヌイ

若くからスラックギターとハワイアンミュージックのレコードを出し、ハワイのミュージシャンたちに多くの影響を与えただけでなく、スラックギターの歴史に多大な影響を与えました。1970年代のハワイアン・ルネッサンスの象徴とも言われています!サザンオールスターズのベーシスト関口和之さんはその著書「ゆるるんハワイ(二見書房)」で、彼の音楽を『土の匂いがするような独特の太いボーカルとたおやかなハワイの風を思わせるスラッキー・ギターは誰も真似のできない深い味がある』と表現しています。この一文だけで、聴いてみたくなりますね。ベーシストでありながらこの表現力。関口さん、かっこよすぎます。
ギャビーはサンズ・オブ・ハワイというバンドで活躍しただけでなく、ハワイでは「ギャビー・パヒヌイ・カニカピラ」という彼の名を冠した音楽祭も毎年開催されています。
ハワイの文化史学者でありギャビーと交流があったデソト・ブラウンも、ギャビーのことをミュージシャン・アーティストとしての能力だけでなく、ハワイの文化と人々へ与えた大きな歴史を与えたとして非常に高く評価・賞賛しています。

5.イズラエル・カマカヴィヴォオレ

ネイティブハワイアンの彼は、ハワイアンミュージックを語る上で非常に重要かつ有名な人物です。ギャビー・パヒヌイとイズラエル・カマカヴィヴォオレの歌声は、今でもハワイのローカルラジオなどで聴こえてきます。彼は叔父がミュージシャンであったこともあり、その影響も受けて育ちました。YouTubeなどでも彼の音楽を聴くことができます。テレビや映画でも彼の歌は多く使われてきました。
初めて見た人は驚くでしょう、彼は190cm近い身長に350kg近い体重があり、当然その体型から健康上の多くの問題を抱えていました。彼は38歳の若さで亡くなったのです。彼がまだ生きていたら、さらに多くの素晴らしいハワイアンミュージックを聴けたのだろうと思うと悔やまれます。

ハワイアンミュージックから切り離せない楽器、ウクレレについてはこちらの記事で解説しています!なんだかゆるりとした音楽、耳馴染みはないけれどなんだか聴きやすいハワイ語の歌詞。アップテンポなものもありますが、伝統的な音楽は夕方にゆっくりと聴きたくなるような、癒されるような、リラックスできるような音楽が多いです。
「ハワイと言えば?」旅行先やアロハシャツ、ハワイアンジュエリーとしてのハワイだけではありません。CDやYouTubeなどを活用して、ハワイの音楽を毎日の生活に取り入れてみてくださいね!

古川 絵理
四年制大学を卒業後、東証一部上場企業に入社し約6年勤務。転職し、翻訳会社で約1年3ヶ月勤務後、現在はIT企業でグロースハック・編集・執筆の仕事をしています。福岡県の海辺の町で育ち、ハワイに行ったことがきっかけで最初の転職をし、こちらのお仕事も海が繋げてくれたご縁だと考えています。読書・映画観賞・美術館博物館巡り・料理を作りながらお酒を飲むこと・食べること・砂浜の波打ち際を裸足で歩くことが好きです。
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